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〈25〉



騒然としたざわめき。
人人人の群。
黒山のごとき景観。
僕と中浜はその人混みをかき分けながら進み、その後ろを宣子が僕の腕をつかみ、引き
離されないようについて来る。

六道記念館の大ホールは押し合い揉み合いの熱気に包まれていた。
記念館保存派集会は前回の越田の超人騒ぎが話題を呼び、今回もまた、という前人気で
開会前から大入り満員になるという異常事態となっていた。
もちろん、また取り壊し派がなだれ込んでくるという噂がそれに拍車をかけていねのは
言うまでもない。

「キャッ、御堂っ、やだっ、お尻触られたっ!」
「朝のラッシュでいつも触られてるだろ。 何を今さら」
「私、満員電車に乗らないもんっ」
「いつも遅刻か」
「そうよ、身の安全の為に。 だからこんなの……あっ、やだっ、また!」
「うるさいやっちゃな。 減るもんやないやろ」
「減るっ!!」
「ほら、ぐずぐずしてるからだ。 もっと前に行くぞ」
「ああんっ、待ってぇ」
僕はしがみついている宣子を引っ張ってどんどん前に行った。
演台がすぐ目の前に見えるところまで。

「さて、今日の演し物はと……」
「越田君、来るのかな?」
「さあ、でも、あいつが僕に来いと言ったくらいだから、来るだろ」
「でも、ほら、警察が来てる」
よく見ると演台のすぐ脇に浦賀掲示とその仲間らしいのが数人、緊張した面もちで座り
込んでいる。
皆私服だから僕達以外はほとんど気が付いていないのだろうけど。
「越田が現れるのを待ってるんやな」
中浜も連中を見て言った。
「いきなり御用だって言うつもりなんやろけど、もしまた越田が超人的な力を出したら
 あの人数ではあかんやろな。 銃でも持ってんと」
「銃か、あり得るな。 だけど壱岐教授の見た超人は弾丸もはね返したって事だから」
「うむ、そういうのも見てみたいもんやな」
「やめてよね、中浜君も物騒な事言うの。 越田君の場合はどうか判らないじゃない」
「可能性はあるで」
「なきゃどうするのよ。 死んじゃうじゃない」
「それも自ら選んだ道やし」
「そんな事……」
「ほら、始まるよ」
僕は口をとがらせている宣子の袖を引っ張った。 演台に保存派のエラメガネが上がり、六道記念館がいかに建築史上素晴らしい建物であ
るかを蕩々と語り始めた。
僕は以前から六道記念館は好きだったし、建築美術としても素晴らしいものであるのは
判るが、今それを喋っているエラメガネがそれを盾にとって背後で操っている黒幕の残
虐行為を隠そうとしているのではないかと思うと素直に聞けない。
荘厳な外観の中にどす黒いものが身を潜めているようにも思える。
そう考えると、反対に、取り壊し派となってそれらを暴いてやりたい気もする。

………はて?
取り壊し派はそんな書類が記念館に隠されている事を知っているんだろうか?
それとも単に学長一派の利権絡みだけの事なんだろうか?
もし知っているとしたら、誰から、どうしてそれを?
生体実験を指示した軍人は自らそんな事を暴露する事は無いだろうし、それ以外の人間
はみんな死んでしまっている。
だからこそ、あんな残虐行為が今まで公にされなかったのだ。
それなのに、それ以外で隠された書類の事を知っているとしたら……そいつらに事実を
喋った者がいる。
それは……まさか………。

「御堂っ! ほらっ!!」
急に宣子に引っ張られて、指さす方向を見ると、演台下で小競り合いが起こっている。
取り壊し派の連中が前の方にいたらしい。
ヤジを飛ばしたのに対し、保存派が取り囲んだのだ。
数の上では保存派が勝るが、力では取り壊し派に分がある。
あっという間に小競り合いから乱闘になった。
周囲は止める事もなく、やんやの喝采を送っている。
これが目当ての連中ばかりが集まっているのだ。
青白い保存派は瞬く間に蹴散らされていく。
浦賀刑事御一行様はと見ると、止めるでもなく腕組みしたままで傍観している。
目的が違うから、こんなのにはかまってられないのだろう。

騒ぎはますます大きくなっていく。
それを待っていた連中ばかりで満員御礼になっていたのだから当然と言えば当然である
が喝采が怒号にようになって大ホールに溢れかえった。
「御堂っ、きゃっ、危ないっ」
「やったぁ、いよいよやな」
騒乱というよりはお祭り騒ぎのような盛り上がりだった。
前の方では取り囲んだはずの保存派が次々とはり倒されていき、演台上のエラメガネは
金切り声を上げて取り壊し派を非難罵倒している。
前回は越田が今のエラメガネの位置で巨漢の体育会系の学生達を投げ飛ばした。
まさか今回はこのエラメガネが、なんて期待をしながら見ていたら、

突然

演台の上手、ホールの二階観覧席から、床に据え付けてあるはずのスチール製のイスが
飛んできたっ!!

イスは演台上に突き刺さり、勢いでめり込んでしまった。
エラメガネは目の前の出来事にすぐには気が付かなかったけれど、一呼吸おいて、その
場にひっくり返った。
場内は一瞬静まった。
一斉に二階観覧席に視線が集まる。

そこには………越田が、いたっ!

「出たっ!」
「いよっ、真打ちっ!!」
場内から拍手が起こった。
会場に来ていた観衆は皆越田を待っていた。
二階から飛んできたイスは越田が投げたんだ。

浦賀刑事達は観覧席に向かって走り出したが、すし詰め状態の会場ではなかなか進めな
いでいる。

越田のいる二階観覧席は手すり壁が腰まであって、越田の身体は上半身しか見えないの
だけれど、なんだかその上半身がふらふらと頼りなく揺れている。
「………?………」
表情もなんだかおかしい。
無表情というか、抑揚がない。
顔色も、前回のような、頭に血が上った興奮状態のものではなく、白っぽく、無機質っ
ぽい。
死人みたいだ。

「なんかおかしいな」
中浜も気付いたようだ。
「ああ、どうなってるんだ?」
「御堂っ、越田君に何か言わないのっ」
「この状態でどうして言えってのっ? あいつが来いって言ったんだから、あいつの方
 から何かしてくるはずだ」
「でも、気が付かないよ」
確かに、こんなにごった返していたんでは、越田に僕達を見つけさせる事も出来ない。

越田は上体をふらつかせながら、観覧席のイスに手をかけた。
そして、その床にボルトで固定してあるスチール製のイスを床板ごと引きちぎるように
持ち上げた!!
イス自体の重さはたかが知れている。
が、床にボルトで固定されてあるまま、それをひっぺがしてしまうなんて、加重計算す
れば何百キロもの重さに匹敵するのではないか。
それを、持ち上げたっ!!
桁違いのパワーだ。
場内は全員息をのんだ。
目の前で起こっている事の大きさを誰もが理解出来ていた。
越田は持ち上げたそのイスを演台前に陣取っていた取り壊し派めがけて投げつけ、その
連中から断末魔のような悲鳴が上がった。
全員総立ちになっていたので、僕からはその連中の様子は見えなかったけど、越田の投
げたイスがまともに当たったらしい。
越田はさらにイスをひっぺがし、下に投げつけた。
悲鳴が飛び交い、群衆が逃げまどう。
さらに続けて越田はイスをちぎっては投げ、ちぎっては投げる。
パニックだ。

その時。
悲鳴と喧噪の中で銃声が起こったっ!

私服警官がホールから越田めがけて拳銃を発砲したのだ!
その銃弾は越田の肩あたりに当たった!
越田は一瞬よろめいた…………が、平気な顔をして、そのまま立っている。

続けて、もう一発銃弾が、今度はまともに胸に当たった。
シャツの胸あたりがはじけ飛ぶ!
だが、それでも越田は倒れないっ!!
それどころか、まったく何事もなかったかのような表情で、また次のイスを引きちぎり
発砲した私服警官に向かって投げつけた。
イスはその警官をかすめて床に突き刺さり、警官は尻餅をついた。
それを見て、残りの警官達も一斉に越田に向かって発砲しだした。
何発も、何発も、越田に命中した。
そのつど、越田の衣服ははじけ飛び、身体はぐらつくが、自身はまったく平気だ。
表情ひとつ変えないで立っている。
血も流れていない。
完全に肌が銃弾を跳ね返しているのだ。

銃声がやんだ。
場内はしんと静まり、硝煙の匂いが流れた。
越田はしばらく立ったままホールを見下ろしていたが、やがてゆっくりと観覧席出口に
向かって歩いて行き、消えた。

浦賀刑事達は拳銃を手に持ったまま、なだれるように二階への階段に向かって走った。
群衆もそれを追いかける。
僕達も追いかけた。
団子になって身動き出来なくなり、刑事達は将棋倒しになって倒れ、その上に野次馬が
のしかかり、越田はその間に悠々と逃げてしまった。

僕は結局越田とは何のコンタクトも取れず、越田が言っていた超人研究についての内容
も聞き出す事が出来なかった。
僕は地団駄を踏んで悔しがる事しか出来なかった。
隣の宣子はじっと越田の立っていた二階観覧席を見上げていた。



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憂想堂
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