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〈4〉



「……なるほど、越田隆一は高校時代はあんな怪力は無かったっていう事か」
「実際に腕相撲やった訳じゃないんで判りませんけどね。 見た目にそんな事は無か
 ったし、ピアノを持ち上げたって話も聞かなかった」
「越田の高校時代を知っているから、余計にあの時不思議そうな顔をしていたのか。
 そしたらどういう事だろう。 あの力は大学に入ってから身につけたものなんだろ
 うか? この三年間で鍛え上げていたとか」
「刑事さん、あの力を人間のものだと思ってる訳ですか?」
「いや、その時の状況を見ていないから判断つきかねているんだけどね、常識的に考
 えると人間ひとりの力であのピアノを持ち上げられるとは思えない」
「持ち上げただけじゃなくて、ふりかざして投げ飛ばしたんですよ。 人間が鍛えて
 出来る事じゃないと思うんですけど」
「でも実際にそれをやったんだろ? 人間が。 それをどう説明する?」
「仮説は建てられるけどSFになってしまうし」
「それは?」
「越田は本当はエイリアンだったとか、ヒューマノイドかサイボーグだったとか」
「そっち方向か」
「まあ比較的現実的なのは越田の特異体質説」
「ああ、それなら」
「生まれつき我々常人とは筋肉や細胞の構造が違ったって事は考えられるでしょう。 
 突然変異というか
「でも君、さっき越田は高校の時はそんな事はなかったって言ったけど」
「自分の子供が特殊な能力の持ち主だと気が付いた親はどうします?」
「さあ、スポーツ選手にでもしようとするんじゃないかな」
「人間として考えられる範囲ならね。 それを超越していて、化け物の範疇に入ってい
 たら、やっぱり隠そうとするんじゃないですか?」
「なるほど、親にその力を見せるなと言われていて今まで隠していた訳か」
「仮説ですけどね」
「ちょっと御堂」
いきなり宣子が袖を引っ張った。
「なに?」
「この人にカマかけられてるんじゃない?」
「何が?」
「だって、昨日の事件だもの、昨日中に越田君の実家にまで行って両親にそんな話し聞
 いてる筈でしょ。 知らないような顔してるけど、そうでしょ?」
宣子は浦賀刑事にわざと聞こえるように言った。
「なるほど」
うかつであった。
「いや、カマをかけた訳じゃないんだけどね。 いろんな方の意見は聞かないといけな
 いから」
浦賀刑事は照れ隠しのように頭をかいたが、油断ならないやつだ。
「ね、刑事さん、それじゃここから私が質問してもいい?」
宣子が好奇の目を光らせて乗り出してきた。
「え? ああ、いいけど」
浦賀刑事は背筋を伸ばして身構えた。
「では、せっかくだから、今出た越田君の家の人の話を聞かせて」
「うーーーん、我々にも捜査上の秘密ってのがあるからねえ」
「それは犯人にしか知り得ない秘密って事でしょ。 家族の人の話なら越田君以外の人
 の言った事だから犯人にしか知り得ない秘密って事にはならないと思うけど」
「よく知ってるね。 でも、我々にも都合ってものがあるから。 でも、ま、いいか、
 今判っている範囲内なら。 で、何だったかな?」
「越田君が前からあんな力を持っていたのかって、家族の人に聞いたんでしょ?」
「聞いたよ。 でも、そんな事はなかったって言ってた。 小さい時からごく普通の子
 供だったし、とりたててスポーツらしい事もしていないし。 弟がいるんだけどね、
 その弟と兄弟喧嘩をしても負けているくらいだったそうだ」
「親が事実を隠しているとかは?」
「それは無いだろう」
「ふーーん、じゃ御堂の仮説は流れた訳だ」
宣子は残念ねって顔で僕を見たが、僕にしてみても根拠のない思いつきの仮説なものだ
から、べつに悔しくもなんともない。
「それじゃ越田君は何か宗教にはまっていたとかは?」
宣子は矢継ぎ早に質問していく。
こいつが取調官になったら被疑者はたまらんだろう。
「宗教? どういう事?」
「日本でもカルト宗教ってあるけど、中世ヨーロッパあたりでよくあったじゃない、黒
 魔術とか白魔術とか。 ああいった類は精神的な自己暗示の世界だと思うんだけど、
 神や悪魔を強烈に信仰するつていう自己暗示が高じて、思いがけない力を発揮させた
 りするとか。 そんな宗教にはまり込んでいたって考えられない?」
「そこまでは聞かなかったな。 家に仏壇はあったけど、牛の頭やニワトリの足は無か
 ったな」
浦賀刑事も首を傾げている。
「その手の自己暗示でも、あそこまで力が出るとは思えないけどなあ」
僕も首を傾げる。
「でも、火事場の糞力ってあるでしょ。 あの類だとかは?」
「極端な興奮状態から異常な力が出るっていうあれかい?」
「確かにあの時の越田は極端な興奮状態にはあったと思うけど、そう考えても、火事場
 の糞力としても限界越えてるよ。 ましてや神や悪魔に祈って瞑想状態に入ってもあ
 れは異常だし、そんな事で超人的な力が出るんならオリンピックやプロスポーツの選
 手なんかはいつも超人でいられる筈だし」
もしも僕があの時の越田であるなら、興奮状態ではあってもあの程度では超人的な怪力
どころか火事場の糞力も出せていないように思う。
「それじゃ、越田君の好きな食べ物とか、いつもどんなものを食べているとかは聞きま
 した?」
宣子はいきなり質問を変えて振ってきた。
浦賀刑事も面食らったような顔をしているが、目は興味深そうである。
いいコンビになれそうだ。
「いや、聞かなかったけど、どうして?」
「その食べ物の中に力の出るようなものが含まれていたとかって考えられないかな。
 ポパイのホウレン草みたいに」
「なるほど、でも、それもさっき御堂君が言ったみたいにそんな事で超人になれるなら
 スポーツ選手はとっくにやっていると思うけど」
「だから、越田家に代々伝わる秘伝の食べ物とか、門外不出の薬とか」
なんだか宣子が言うと、話がやたらSF、怪奇、伝承伝記小説風になっていく。
面白がってるんじゃないのかいな。
「そんな事もいろいろ考えられるけどね。 本人に聞いてみるのが一番手っ取り早いん
 だけどなあ」
「聞いてみてよ」
「早く聞きたいんだけどね」
「で、越田の行方の目途はついているんですか?」
「ついてるくらいなら、こんな聞き込みはしていない」
「そうですよね、だから現場百回ですよね」
「よく知ってるね」
「刑事ドラマの常套文句ですから」
「うーーーむ」
浦賀刑事は僕たちに馬鹿にされたかなというように口をへの字に曲げた。
「越田君の友人関係や所属団体とかは調べました?」
宣子は浦賀刑事の機嫌など気にせず質問をたたみかける。
僕はあらためて宣子の強心臓に敬意を表した。
「友人でめぼしいのは御堂鉄夫を山崎宣子。 所属団体としては……団体と言えるかど
 うかは判らないけど、六道記念館保存派のリーダー格だった。 君達もそうなの?」
「いや、僕は取り立てて派を名乗るほどもこの建物の保存には執着していないし」
「私はどちらかと言えば、この建物好きだから保存派だけど」
「それじゃおかしいね。 保存派でもない御堂君が集会に出ていて、保存派の山崎君が
 出ていなかったっていうのは」
「僕は越田から頭数揃えに出てくれって頼まれたからですよ。 席まで取ってくれてた。
 それに体育会の連中が妨害に出るらしいっていう噂も聞いてたから、それでなんとなく
 面白そうだって思って出ていたんです。 そしたらあれですからね」
「演し物が出たって訳か」
「不純だね、御堂」
宣子が僕をにらみつけて言う。
「君だって集会よりショッピングを取ったんだろ」
「私は、どちらかと言えば、の付く保存派なのっ。 絶対保存派じゃないし、出席を義務
 づけられてもないわよ」
「屁理屈だね」
「なによっ」
宣子は口をとがらせた。
今までこんな喧嘩するほど仲がいいって仲じゃにいのに、どうも変にそんなペースにな
ってしまっている。
悪い気はしないが、何かひっぺ返しがあるんじゃないかと疑いたくなる。
考え過ぎか?
「君達は恋人同士?」
「いーーーえっ」
「違いますっ」
僕たちは顔を背けあった。
「? ずいぶん仲のいい恋人同士に見えるんだけど」
「お見立て違いですね」
「刑事の肩書きが泣きますわよ」
「そう? まあいいけど」
浦賀刑事の中ではどうやら僕たちは仲のいい恋人同士という核心が出来上がってしまっ
たようだ。
まあそれはそれで構いはしないのだけれど。
「それより、越田は保存派のリーダー格だったんだから、その一派の幹部や構成員にも
 聞き込みはしたんでしょ? その成果は?」
切り返しに突っ込みを入れてやらなければならない。
「幹部とか構成員って言い方は暴力団みたいだな。 聞き込みは今進行中だ。 昨日、
 あの場にいた連中からはいろいろ聞いたけど、保存派の中心にっている教授会の先生
 方からはまだ聞き込めていない。 進行中だ」
「聞き込めた範囲内ではどうでした? 誰か行方の心当たりを知っている者はいました
 か?」
「残念ながら、あの連中はいわば越田とはお仲間な訳だから、それを売るような真似は
 しないな。 誰も何も知らんで通されてしまった」
「その連中がかくまっているって事もあるでしょう」
「まあね」
浦賀刑事は鼻で笑うように軽く答えた。
当然そのへんのところには手を回しているよと、その顔は言っていた。
「成果無しですか?」
「昨日の今日だからね」
浦賀刑事は立ち上がり、両手をお手上げとばかりに上げ、肩をすぼめ、そして演台の下
まで歩いて行った。 「この演台は集会の演説や弁論大会以外にも使われたりするのかい?」
演台を見上げて言う。
「そりゃ、多目的講堂ですからね。 演劇の舞台になったり音楽会のステージになった
 りしますよ。 緞帳も下りればバックスクリーンも上下するし」
「舞台のセリ上がりは?」
「無いですね。 この建物が出来た当時はまだレビューなんて無かっただろうし、セリ
 上がりなんて思いも付かなかったんじゃないですか」
「築後80年だもんなあ。 ところで、越田が一番師事していた先生は誰だい?」
「先生? うーーん、国文なら羽根岩教授だけど、最近はよく医学部の第一外科の野上
 教授教授のところに出入りしていたみたいですね」
「医学部の教授? 学部が違うのに?」
「野上教授は保存派のリーダーなんですよ。 うちの教授会の会長でもあるし。 あの
 人が中心になって保存運動が起こってるんです。 その関係でよく出入りしていたん
 だと思いますけど」
「同志関係って訳か。 それじゃ友人で一番仲が良かったのは? 君?」
「仲は悪く無かったけど、一番の親友って訳でもありませんね。 そうだな…やっぱり
 医学部の奥村かな」
「奥村…医学部…」
「やっぱり保存派だけど」
「ちょっと、御堂、授業始まるよ」
宣子が袖を引っ張った。
腕時計を見ると、もうそんな時間になっている。
「本当だ」
「あ、授業があるのか。 構わないから行って。 昼休みつぶして悪かったね」
「いいえ。楽しかったですわ」
宣子は愛想よく微笑んだ。
本当に楽しかったのだろう。
「それじゃ」
「あ、もし越田の事で何か判ったら、その名刺のところに電話して」
「110番じゃないんですか」
「直通だ。 回線を通さずに済む」
「判りました。 何かありましたら」
僕達はまだ現場で何か調べようとしている浦賀刑事を後にして六道記念館を出た。

「どうしたんだよ、真面目に授業があるからなんて言って。 あの刑事、結構駆け
 引出来て面白かったのに。 授業さぼっても良かったのに」
「御堂の馬鹿。 越田君を売りたいの」
「え?」
「前半は事件の特異性っていうか、超人的な力についてだったから何でも話せたけ
 ど、後半は越田君の行方を追及してたでしょ。 あんなに喋って警察に協力して
 どうする気よ。 私達は友達として越田君を守って上げなきゃいけないのに」
宣子は怒っている。 僕が浦賀刑事のペースに飲まれたと思っているんだ。
「大丈夫だよ。 あいつ、何も知らないような顔して質問してたけど、僕らが話し
 た事ぐらいとっくに調べているさ。 僕はそう思ったから、わざと喋ってあいつ
 の顔色と反応を見ていたんだ。 あいつ結構顔に出るタイプだよ」
「本当に?」
「ああ、だって、あいつ、僕らの名前と学部と越田との関係についてはメモってた
 けど、友人関係や保存派の連中とその関係についてはメモしてなかった。 すで
 に判っている事だからさ」
「よく見てるね」
「目の前で手の内を見せるようなあの刑事が間抜けなんだよ」
「ふーーん、御堂って結構しっかりしてるとこがあるんだぁ」
「恐れ入ったかね」
「でも推理は外れてた」
「データ不足なんだよ」
「だったらなおさら情報仕入れに行かないとね」
「どこへ?」
「さっき言ったじゃない。 医学部の友達のとこ」
「ああ、そうか、でも、あてになるかな?」
「とにかく時間キープしといてね。 面子集めに引っかかっちゃだめだよ」
「一緒に授業受けるんだから逃げようがない」
「そうね、ぴったり横にくっついとくから」
宣子はまた僕の手を握って、そのまま教室に引っ張って行き、隣の席に肩を寄せ合
うように座った。
周りの連中はそれを見て、きっと僕達は親密につき合いはじめたんだと思いこんだ
に違いない。
少しどぎまぎしたけど、とにかく僕達は授業を受けた。


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憂想堂
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