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〈15〉



朝の神宮外苑はまだ人気が少ない。
早朝のジョギングをしている人もいるが、その数はまばらだ。
現代の典型的な学生の夜型資質を忠実に守っている僕としては、こんな時間に起きている
なんて事は驚異的な精神力を要する事なのだ。
何度もこの計画は止めようと思い、ベッドの中で丸まっていた僕を、泊まり込みで来てい
た中浜に叩き起こされなければ、到底こんな時間にこんなところへは来れなかった。
中浜にしても朝に特別強い方じゃないのだが、よほどこの計画に興味を持っているのだろ
う。
僕は油断すれば落ちてきそうなまぶたをこすり、両手のこぶしにバンテージを巻いた。
中浜はさかんの時計を覗き込んでいる。
「人通りが増えてくると困るな」
「顔隠せば一緒だよ」
「本当に走ってるんかな?」
「さあ? 信じよう」

昨日の遊声堂で保存派のひとりが、東口は今でもかなりのスピードで走っていると言った。
四年経ってなお当時のスピードが出せていたとしたら、それこそ超人的な精神力か本当に
超人性を備えているかだと思う。
僕も中浜も後者を疑っている。
もし壱岐教授の薬が一時的なドーピングではなく、恒久的な超人性を作るものであったと
すれば、東口は今なお超人であり続けている可能性がある。
もし、そうなら………。

「来たっ」
中浜が小さく鋭い声を出した。
その視線の先を追うと、街路樹の間から細身の男がジョギングのレベルをはるかに越え
たスピードで走って来るのが見えた。
東口だ!
昨夜、インターネットで見た顔に間違いない。
僕達はマスクをして周回路に飛び出した。
そして走ってくる男の前に立ちふさがる。
東口は驚いて横にかわそうとしたが、僕はすばやくその腕を掴んだ。
マラソンランナーらしく細身で軽い身体だが筋肉は締まっている。
一瞬、緊張が走った。
「何をするっ、誰だっ」
東口は激しく叫んだが、僕はかまわず東口のボディーにローアッパーを叩き込んだ。
手応えは充分すぎるほど、あった。
手首までめり込んだような感触と鈍い音。
「ぐえっ」
と一言うなって、東口は背を丸めて崩れ落ちた。
「……?……」
「どうやっ?」
「……弱すぎる」
「……そうか」
うずくまっている東口を見下ろし、反応を見ていたが、すぐに同じコースを走ってくる
人影が見えたので、僕達はその場を離れ、走って逃げた。


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憂想堂
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