六道記念館は五階建ての建物だ。
僕達三人は最上階の時計塔にまで登って行った。
中に入ると採光窓から差し込んでくる光で思いの外明るかった。
正面エントランスから入ると前半分は三階までの吹き抜けの多目的大ホールになっていて
後方が四層の各種視聴覚室や会議室棟になっている。
そして、建物前面の最上階の五層目が時計塔として突きだしていて、それが六道記念館の
シンボルになっていた。
赤レンガと大谷石とのレトロな色の調和がクラシックな重さと荘厳さを醸し出している。
古いけれど粋で貫禄があり、古くから学生達に自身の誇りとして憧れを持たれてきた。
石造りの狭い階段を上りきると時計塔機械室の扉がある。
ここはいつもは鍵がかかっているのだけれど、僕は学生会館保安室まで行って鍵を盗み出
してきた。
「御堂、将来は泥棒で食べていけるんじゃない」
「保安室の守衛が間抜けなだけなんだよ」
「いや、みこみある」
「君らが失業したら弟子にしてやるよ」
「みこみはあっても、ドジもやりそうだから、やめとく」
「……開けるぞ」
古くて重い鍵を扉の鍵穴に差し込んで、回した。
重い感触。
「初めて入る部屋の扉を開ける時って緊張するね」
「まったく。 それに、この古めかしさだろ、亡霊でも出てきそうだし」
「やめて、その手の話は苦手だから」
「自分で言い出したんじゃない」
「そういう意味じゃなくて、新鮮な緊張があるって事よ」
「新鮮ねえ」
僕としては、正体不明の何かが出てきそうな期待の方が大きいのだが。
重々しいきしみ音をさせて扉が開いた。
「たいそうな扉やな」
時計塔というと洋の東西を問わず、囚人の幽閉とか拷問とかの陰惨な話が多くつきまとう
為、暗いというイメージを持っていただけに拍子抜けである。
「結構広いんだね」
「ああ、もっと狭いか、もっと機械でめいっぱいになっているかと思ってた」
畳にして十畳くらいのの広さだろうか。
コンクリートのままの壁と床の寒々しい部屋のほんの片隅に外部の時計動かしている機械
がスチールのゲージに閉じこめられるようにして規則正しく動いていた。
「本当に何も無いね。 普通、このくらいの広さがあれば物置にでもなってそうなのにさ。
宣子は部屋の中央に躍り出て、くるりと一回転した。
外から六道記念館を見上げると、その最上階にある時計塔は、そんなに小さくは見えない
にしろ、内部がこれだけの広さを持っているなんて想像が出来ない。
遠近感の問題なのだろうけど、遠くで見るのと近くとでは大きな印象の違いがあるものな
のだ。
「ねえ御堂。 どうしてここが怪しいと思うの?」
「壱岐教授との話の最後に僕が聞いただろ。 南教授の趣味は何かって」
「うん」
「この記念館の中にはさ、ホールもありゃ、いろんな視聴覚室もあるだろ。 スポーツあ
り音楽あり、映像ありでさ、娯楽の少なかった時代にしてみれば結構遊べたところだと
思うんだよね。 南教授がこの記念館のどこかにそんな重要書類を隠したんだとしたら
そうそう簡単に見つかるところには隠してないと思うし、かと言って、壱岐教授曰くの
短時間で隠してしまったという事から、よほど普段からよく立ち入っていて、隠し所の
見当をつけていた所だと思うんだ」
「趣味で出入りしていた所って事?」
「南教授が音楽に趣味を持っていたとしたらピアノ練習室とか小コンサートホールとか、
だと見当をつけたし、写真が趣味なら撮影スタジオか現像室、映像室って具合に」
「あのねえ御堂」
「なに?」
「山登りよ、山登り。 あんた、もしかしたら、この時計塔を山に見立てたって訳?」
「高いところに登るって事に変わりないだろ」
「……私、御堂ってもっと真剣に物事を考える人だと思ってた。 それがこんな単純で単
細胞で単眼で短絡的な人だったなんて、がっかり」
宣子はこれみよがしにそっぽを向いたけれど、僕は気にしない。
「当時はさ、五階建てなんていうとそびえ立つほど高い建物だったんだよ。 前にさ、広
都大学史っていうのを読んだ事があるんだけど、当時の山岳部の連中がロッククライミ
ングの練習と高所に慣れる為の練習と称して、この記念館の時計塔にザイルをひっかけ
てよじ登っている写真が載ってんだ。 ほら、現代でもアメリカあたりで世界一高いビ
ルに素手でよじ登る連中がいるだろ。 あの乗りなんだ。 当時の山岳部の連中は当時
としては高かった記念館の時計塔を制覇しようとしてたんだ。 だからさ、もしかして
南教授が山登りに興じてそんな事をしていたとしたら、まんざらこの時計塔なんて隠し
場所としてそう外れていないと思うんだ」
「あんた、本当は切れるの? それともあてずっぽう?」
「見ての通りだよ」
「そやけどな御堂。 山登りが趣味やとしたら、どっちかというと内より外やろ。 外壁
をよじ登っとったんやから」
「それも考えられるけど、やっぱり短時間ってところにこだわると、これだけ堅牢な外壁
をどうこうしてっていうのは無理があるし、雨風の問題もあるし。 それに、たぶん、
登り切った者はこの部屋を経由して下に降りたか、反対に、上がってきて、ザイルをひ
っかけたと思うんだ。 だから」
「可能性あるな」
「中浜君もそう思う?」
「考え方は間違うてないと思うけど、建物内で今まで発見されてないていうところが苦し
いな」
「そんな機密書類が隠されているって事を知ってるのは壱岐教授と僕らと、もしかして昔
の軍部の人間だけだろうからね。 それ以外の人間に偶然に見つけられる可能性は低い
と思うんだ」
「なんなく判ったけど、けど、この部屋に隠されている可能性はあるとして、どこよ?」
宣子は言いながら、どんと壁を叩いた。
「どこって言われても、まあ、見る限りコンクリートの壁だな」
「繋ぎ目もあらへん」
この壁は、この場でコンクリートをコテで仕上げたものらしく、繋ぎ目が無い一枚壁にな
っている。
腰板もなければ巾木や周り縁も無い。
「床も塗り固めたって感じだし」
宣子は今度はタップステップを踏んでいる。
「機械のボックスの中なんてのはどないやろ?」
中浜の目は、ガチガチと音を立てて動いている巨大な歯車の塊に向けられている。
「機械ってのは定期的に点検や整備をしたりするものだろ。 こわれたらばらばらにして
修理もするし。 そんなところに隠してもすぐに見つかるよ。 それより、ほら」
僕は天井を指さした。
この部屋の中で唯一、木で造作されているところだ。
60センチ角くらいに格子が組まれていて、その中に天井板がはめ込まれている。
「あの天井板、釘で打ち付けてある程度だろ。 その木になったら簡単にはがせるんじゃ
ないかな」
下から見ただけだと動かしたり補修した跡があるのかどうかは判らないけれど、なんとな
く動かせそうな気配だ。
「手頃な台か脚立は無いかな」
「下まで取りに降りなきゃ」
「肩車で届くんとちがうか」
「そうだな中浜。 さっそく担いでくれるか」
「お前の方が重い」
「いい勝負よ。 御堂。 私を担いで」
宣子はジーンズを履いている。
平気といえば平気なんだろうけど。
宣子は僕を強引にしゃがませて肩にまたがってきた。
僕はと言えば、まんざら悪い気はしないけど、宣子は身長があるだけに結構重い。
両膝に力を入れて気合いを入れて担ぎ上げた。
これが超人の越田であるなら片手で持ち上げているところだ。
ねたましい事に。
「わあ、頭がつかえそう」
宣子は平気で天井を叩いた。
「板一枚みたいよ」
「どこか押し上げられるところ、ないかな」
「端から順番に動いて行ってよ」
「よ、よしっ、と。 重いな」
「失礼ね」
僕は部屋の一角に寄った。
宣子が天井板を押し上げ、動かなければ次のマスに移る。
順番に動いて、二つ目の角のところで、
「あ、動いた」
と宣子が声を出した。
板が少し上がったのだ。
「よし、もっと押し上げて」
「OK。 うーーんっと」
板がゆっくりと持ち上がった。