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〈22〉



「こらっ、何をしているっ!!」
いきなり後ろから大声で怒鳴られた。
あわてて振り向くと、見た事のある男達が三人、部屋の中に入って来るところだった。
「何をしているんだ、こんなところで」
勢いよく詰め寄って来たこの男、メガネでエラの張った、このあいだ吉祥寺の遊声堂で会
った保存派の幹部だ。
そして、その後ろにいるのは、奥村!
「あら、このあいだはどうも」
宣子が頭の上から挨拶をした。
「君達は………」
奥村は思いきり怪訝そうな顔をした。
「越田の友人ですよ」
ボクは反対に明るく答える。
「あ、ああ、その、越田君の友人がこんなところで何をしているんだ?」
エラメガネは気勢を削がれてトーンの落ちた声で言う。
僕は宣子を下ろして、あらためて三人を見た。
遊声堂で会ったふたりはそれでも正面切って立っているが、奥村は宣子の顔を見て目をそ
らした。
「私達も保存派支持なんですよ。 この建物好きだし、あの、保存派の人達には悪いけど
 もし取り壊しになったら、ここ無くなっちゃうんでしょ。 だから、その前によーく見
 ておきたいと思って」
「こんな時計塔の中までか?」
「そうよ。 なんと言ってもここが六道記念館のシンボルでしょ。 いつも外から見てば
 かりだから一度中も見てみたかったの」
さらりと言い返せるところを見ると、宣子め、あらかじめこういうパターンを想定して、
言い訳を考えていたに違いない。
やはり女はしたたかである。
「そ、それじゃ、天井を調べてたのは、どうしてだ」
エラメガネは宣子のしらじらしい態度に最初の言葉尻の強さを無くしている。
「え? 調べてたって? 私は、この部屋の中って床も壁も冷たい感じのコンクリートで
 しょ。 天井だけが木で作ってあって暖かそうだったから、つい触ってみたくなって」
「…………」
宣子の答えはあまりに単純で人を食っていて本気か冗談か判らないものだったから、三人
組は返す言葉を失っている。
「それより、あなたたちはどうしてここに来たの? 普通、めったに人の来ないところな
 のに。 やっぱり私達と同じで建物に愛着があって? そうですか、奥村さん?」
宣子は前のふたりの肩越しに覗き込むようにして奥村に声をかけた。
奥村は片手を頬にあてて俯いている。
「我々の事はどうでもいい。 君達こそ何か探っているんじゃないのか」
エラメガネは反論に出たけれど宣子は動じない。
「あら、探って何か出てくるものでもあるんですか? ここに」
「え、いや………」
簡単にやりこめられる。
「私達は単純にこの建物が好きなだけなの。 政治的背景とか工事落札がどうのこうのと
 か、いっさい無いの。 いつまでも残るものなら残ってほしいし、だめなら今のうちに
 見るだけ見て、触れるだけ触っておきたいって思っただけ」
さらにまくしたてるものだから三人組は返事も出来ないでいる。
「そちらは、よくここへ来るの?」
僕も反撃に出る。
普通、何も無しにこんなところへは来ないだろう。
そこを付けば返答に窮するのは判っているのだから、そこを突かなければ。
「いや………」
エラメガネは詰まったが、
「我々は四階のホールにいたんだが、ここの階段を上がっていく君達の姿が見えたんで、
こんな所に人が入るのはおかしいと思って見に来たんだ」
と、もうひとりの男がフォローした。
「私達が見えただけで追いかけて来ただなんて、そんなにここが気になっているって事?」
「最近、取り壊し派の連中がこの建物に入って来て、内部を損傷させてりしているんだ。
 それを阻止するために我々は当番制で見張りを立てている。 たまたま今日、我々が当
 番で見ていたら君達が見えたんで、もしかしたら取り壊し派の侵入ではないかと思った
 んだ」
宣子の突っ込みにその男は巧みに切り返した。
こう正論で返されると、これ以上突っ込みにくい。
「へえ、そんな事もあるの。 ますます取り壊し派って許せないね。 越田君じゃなくて
 も、超人的な力があったら私だってそんな連中やっつけたくなるわ」
宣子は奥村を覗き込んで言ったが反応は無かった。
「でも、私達は保存派だから。 じゃ、御堂、中浜君、行きましょうか」
宣子はまだ何か言いたそうにしているふたりと奥村を後目に、僕の手を引いてさっさと機
械室から出た。
僕はでしなに奥村の顔を見たけれど、目をそらして俯いたままだった。
あれは、この部屋を調べられるのを阻止しようとした事が、今、仲間が言った理由以外の
ものであるという事を気付かれたかもしれないという失態によるものなのか、それとも、
この間宣子に色気で迫られて対処しきれなかった自分を恥じてのものなのかは判らなかっ
た。

「なんだか危なかったな」
「平気よ。 でも、ずいぶん横柄な態度だったわね。 まるでこの記念館が自分達の私物
 だみたいな言い方してさ」
宣子は唇を尖らせながら階段を下りて行く。
僕のポケットには機械室の鍵が入ったままだ。
あの連中、この鍵の事については気付いていなかったようだ。
これを追求されれば危ないところだったのだが。
「あの部屋にはやっぱり何かあるんやな」
中浜も首を傾げて言う。
「そうよね。 あの人達、私達が天井調べてるの見て慌ててたもの。 やっぱりあそこに
 隠してあるんじゃない? 御堂の読みが当たってたみたいよ」
「いや、違うだろう」
「どうして?」
「あの部屋に書類が隠してあって、それをあの連中が守ろうとしてるなら、すでに連中は
 あそこに書類が隠してあった事を知ってたって事になる。 それなら、もうとっくに書
 類はあの連中が捜し出してもぬけの殻って事だよ」
「えーー、じゃ、もう見つけられてるって事?」
「あの連中が、南教授の書類が隠されているのを知っていればの話だよ」
南教授が重要な書類を六道記念館に隠した事を知っているのは壱岐教授と僕達だけであれ
ばあの連中には知る由は無いのだから。
「それじゃまだ残っている可能性はあるね。 でも、じゃ、どうしてあの人達、血相変え
 て怒鳴り込んで来たんだろ?」
「連中の言った通り、取り壊し派の嫌がらせ阻止かもしれないし」
「……けど、それじゃ矛盾あるね、御堂」
「矛盾?」
「だってさ、医学部でも臨検でも超人研究は引き継がれてなくて、それに関する書類は南
 教授が隠してしまった。 という事は、越田君が超人化出来るはずが無いじゃない。
 それが出来ているって事は、書類はとっくに探し出されて保存派の手に渡っていいるっ
 て事じゃない」
「そりゃそやわなあ」
「でも、それなら当時の責任者の名前がリークされて、もっと大騒ぎになっていなきゃい
 けないのに、そんな事も無い。 取り壊し派もまだ頑張っているんだし」
「矛盾やわな」
中浜はさして驚くふうでもなくのんびりと応える。
中浜はもう気が付いているんだ。
「宣子」
「え?」
「壱岐教授の話、聞いてただろ」
「?、うん」

「超人は、あとふたりいるんだよ」

「え? え? なんで? どこに? …………あ」

「思い出した? 超人はあとふたり、というか、最初にふたり、いたんだ」

「終戦間際の薬研の超人研究の成果やな」
「ああ、壱岐教授の話の中で、終戦直後、南教授は研究員達は全員その手で殺したと言う
 事だったけど、あの話の中に、成果品としての超人ふたりをどうこうしたというのは無
 かった。 殺されなかったんだ。 もしかしたら超人化した人間は殺せなかったのかも
 しれない。 当時、九歳と十六歳だってという事は、もうふたりとも相当な年寄りにな
 っているけれど、体質として維持出来ていたとしたら、現代の医学科学ならば、その秘
 密を解明出来ているかもしれない。 それだったら南教授の書類なんていらない」
「……でも、そんな超人が存在していたとして、今まで誰にも判らなかったの?」
「まわりも本人達も決して表舞台には出れなかったんだよ」
「東京オリンピックは何年やった?」
「確か、昭和三十八年」
「選手として出ていた可能性はあるな」
「調べてみよう。 もし、超人的な記録を出している選手がいたとしたら……」

「やあ、お揃いで」
一階まで降りたところで階段正面に浦賀刑事が立っていた。


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憂想堂
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