ところで、ここでおかしな事が起こった。
関西? 大阪?
僕と宣子とはまだ恋人同士にはなっていなかったけれど、仲間意識は充分に持っていたはず
「よお、御堂君」
今まで僕にぴたっとくっついていた宣子が、越田の死んだ次の日から、僕の前から消えた。
授業には出てこないし、大学にも来てない。
病気にでもなって言えで寝ているのかと思い電話をしてみたら、ちょっと友達と関西へ旅行
に行くと言って出ていったと言うのだ。
もしかして壱岐教授の所へ?
僕に何の相談もしないで?
だ。
それなのに一言も言わずに姿を消すなんてどういう事だろう?
確かに越田が撃たれてからの宣子は様子がおかしかった。
もしかしてあの時点で宣子ひとり、何か気付いた事でもあったのでろうか?
そして、それを確かめるために大阪へ行った?
僕や中浜が気付かず、宣子ひとりが気付いた事なんてあっただろうか?
中浜にも心当たりは無いと言う。
もしかしてなんらかの事故か陰謀に巻き込まれたという事はないだろうか?
文学部のキャンパスを歩いていたら、いきなり後ろから浦賀刑事に声をかけられた。
「今日はひとりかい? 珍しいね」
「ふられましてね」
「喧嘩したの?」
「浮気がばれましてね」
「へーー、それはいかんな。 いや、うらやましい」
「聞き込みですか?」
勝手に突っ込まれるのも嫌だから反対に質問でさえぎった。
「いちおう、人ひとり死んでいるからね。 殺人の疑いもあるし、いよいよ本格的になって
きたって事だ」
「やはり殺されていた?」
「まだ殺人って言うのは語弊があるな。 自殺の可能性もあるし薬物投与の可能性もあるか
ら」
「死因は何だったんですか?」
「心臓マヒだ」
「心臓マヒ? 普通の? それが殺人になるんですか?」
「エフェドリンっていうんだけど、いわゆるシャブってやつでね。 そいつを通常の使用量
の数倍を一度に打ったらしい。 一発で心臓マヒだ」
エフェドリン。
中枢神経系に作用する興奮剤だ。
ドーピングでも使われる。
それが超人薬の成分か?
「自分で使用したんですか? それもと」
「言ったろう、一発で死ぬって。 あの公演には注射器なんかどこにも無かったよ。 どこ
か他の場所で注射を打たれて死んだ。 そしてあの場所に運ばれたんだよ。 検死調書に
も死語移動の痕跡ありってあった。 死亡推定時刻は午前4時から5時。 あそこで死ん
だんじゃない。 自分で打って死んでから誰かが運んだんなら死体遺棄だし、誰かがエフ
ェドリンの致死量を知っていたうえで越田に打ったんなら殺人だ。 どちらにしたって立
派な犯罪だよ」
この場合、一般的な致死量っていうのは該当するのだろうか?
もしかして超人薬っていうのは普段から飲んでいる薬であって、それはエフェドリンに対す
る抵抗力をつけるもので、その体質的な土台を作ったうえでエフェドリンを大量投与する事
が一時的に超人化するって事も考えられる。
たまたま今回は越田のコンディションが悪かったために心臓マヒを起こしてしまった。
常に生命の危険と背中合わせの超人化だったのか?
「越田の身体は調べましたか?」
「ああ、調べたけどね。 骨格、筋肉、皮膚、神経、それに細胞や染色体まで調べたけれど
まったくの常人だったよ。 恒常的な薬物中毒の痕跡も無かった」
?……それじゃ、いつも飲んでいた薬ってのは何だったんだろう?
司法解剖で検出されなかったっていう事は常識では考えられない薬品だったのか?
「越田本来の体質はどうでした? 特に筋力が優れているとかは?」
「平均下の筋力だそうだ。 それは君も知っていただろう」
「銃痕はありましたか?」
「無かった」
「きれいにはじき飛ばしたって事?」
「それもおかしいと思わないか。 弾丸を跳ね返すほどの皮膚が簡単にメスを通すと思うか?」
「じゃ、越田はまったく超人化してなかったって事ですか。 一時的にも」
「司法医に言わせるとそうなる」
「でも、実際に僕らの目の前で超人化していた」
「トリックがあるとしか考えられないね」
「銃を撃ったのはあなたの仲間でしょう。 空砲じゃなかったんでしょう?」
「実弾だった」
「全弾外れたって事ですか?」
「あの時、越田の立っていた位置に弾頭が落ちていたから、間違い無しに当たっている」
「それじゃやっぱり弾き返しているんじゃないですか」
「訳が判らん」
浦賀刑事はお手上げとばかりに両手を上げた。
「他殺か自殺か事故死か判らないけど、死体遺棄ははっきりしているでしょう」
「ああ」
「その死体遺棄犯人のめどはついているんですか?」
「それがついているなら今頃聞き込みなんかやってないよ」
「ふーーん」
他殺とすれば、保存派取り壊し派どちらにも動悸は考えられる。
「君はどう思う?」
「越田を目の上のタンコブ的に見ていたのはやはり取り壊し派じゃないですか。 赤っ恥
かかされてるし」
「そんな単純なものじゃないだろう」
「もしくは政治家と連んでいる教授会」
「野上教授か」
「僕が思いつくとしたらそれくらいですね。 そのへんを探りたいところだけど」
「野上教授には手頃な娘さんはいないぞ」
「え? 何の事です?」
一瞬僕もその手を考えたけど、見透かされてしまったようだ。
しかし、の画も教授から直接話を聞くってのはいい手だ。
まともには聞き出せないけど、方法はいくらでもある。
「君の考えはひどく奇抜で大胆で面白いんだけど、出来れば君とは警察の取調室なんかで
会いたくないから、自重して行動してくれよ」
警察の馬鹿じゃないから、これからは僕の行動にも目を光らせるかもしれない。
自重はしておいた方がいいのかもしれない。
僕はこれ以上喋らされないように、そそくさと浦賀刑事と別れた。
まだ、考えなければならない事はいっぱいある。
次の一手は………。