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〈36〉



それから僕は二ヶ月間潜伏した。
大学にも出ず、家にも帰らず。
浦賀刑事は僕を追っているだろうけど、連中には尻尾も見せないほどのブレーンが僕には
あった。
下準備をして時期を待つ。

そして11月。
広都祭がおこなわれていた。

越田、中浜が相次いで殺されるという事件があり、大揉めに揉めた六道記念館取り壊し問
題もここにいたって教授会、中根派が優位に立ち、保存が決定されるに至った。
この裏には政治レベルで防衛費縮小を企てる竹之上現総理が拡大政策をとる中根派に押さ
れるという力関係も大いに影響していると思えた。
広都祭の中日、保存が決定した六道記念館で毎年おこなわれる広都の唱和会に、保存派が
中根前総理を招いて記念講演を依頼した。
政局が優位に動いた事が嬉しいのか、記念館保存が決定したのが嬉しいのか、中根前総理
はこの要請に快く承諾した。
いくら広都大とはいえ前国家の最高首脳が大学祭ま講演に訪れるというのは非常に珍しく
学側も名誉な事として、この講演会を広都祭の目玉として位置づけた。

当日、講演会場となる六道記念館は学生、OB、それにマスコミで大賑わい、大盛況とな
った。
僕はその大盛況の中、堂々と正面玄関から記念館に入って行った。
当然警察も来ているだろうけど気にしない。
僕の顔は特殊シリコンで出来た人工皮膚でまったく別人のものになっているのだ。
入り口付近に浦賀刑事が立っており僕と目が合ったが、まったく気付いていない。
黒山の人混みをかきわけて演台に近づく。
会そのものは式次第にそって順調に進められていた。
今、会長挨拶が終わり、校歌がが威勢良く流れ出したところだ。
しばらくはこの有名な校歌が高々と続いた。
そしていよいよ来賓の講演。
本日の大目玉、前総理中根信広の登場となる。
割れんばかりの拍手に迎えられて、長身がっしりとした体格の男が演台に上がった。
さすがに元陸軍将校だけあって背筋の伸びや立ち居振る舞いが違う。
もう80歳を越えているのだが堂々とした力強さと若々しさを見せていた。
中根前総理はまず六道記念館が保存と決まった事への喜びを述べ、この歴史有る建物がい
つまでも広都の誇りとして在校生、OBの心に残り続けるようにと結んだ。
そして政治問題に触れ、現総理の防衛に対すね刺青を軟弱と批判し、今の日本の軍事的な
位置と各国との緊張関係、そして世界平和のための軍事バランスを整えるために、もっと
日本は軍事予算を組むべきであると力説した。
大拍手の歌に中根前総理の講演は終わり、前総理をそのまま演台に残しての学生弁論とな
った。

ここで僕の出番だ。

弁論のトップバッターは政治経済学の吉田某という学生だったのだが、そいつは今文学部
の僕のロッカーで眠っている。
僕は拍手を受けながら演台に上がった。
当然、僕が吉田某ではない事に気付いた連中がいてざわついたけれど、いさい構わず僕は
演台のマイクを取った。
「本日の弁論会のお題目は『世界の軍事バランスと日本の位置』という事ですが、いかに
 も中根前総理を迎えてらしいものですね。 軍事バランスというのは安直に言えば西と
 東との核保有バランスであるとも言えるでしょう。 大陸間弾道ミサイルや潜水艦発射
 型ミサイルとかをいくら持っているかという事です。 その数で軍事大国の順位が決ま
 ると言っていい現状において、我が日本は非核三原則があるがゆえに核兵器を持つ子と
 が出来ない。 故に安保に頼り米国におんぶに抱っこという状態が続いている。 核だ
 けではなく軍事資材、石油を輸入に頼らなければならないというハンデを持っているの
 も安保を切れない重要な要素である訳です。 それは第二次大戦当時も同じでした。
 戦局が長引けば長引くほど不利になる日本は軍事資材を手に入れるために大陸や東南ア
 ジアに侵略をかけて行ったのです。 しかし戦局が押し迫り、海外からの補給が危ぶま
 れてきだした頃、当時のある陸軍若手将校が、軍事物資が無いなら無くても戦える方法
 はないものかと考えました。 そして、ひとつの試みをしてみようと思ったのです。
 それは兵士一人一人の体力を飛躍的に向上させ、つまり超人化しようと。 戦地での肉
 弾戦、ゲリラ戦を圧倒的有利に行い、あるいは直接敵地に乗り込み要人を殺すという作
 戦で戦局をひっくり返そうという計画だった。 さらに銃で撃たれても死なない兵士達
 を作り出す事が出来れば重火器や武器など無くても世界最強の軍隊を持つ事になります。
 その若手将校は戦局厳しい日本が逆転出来るのはこれしか無いとし、当時としては莫大
 な研究費を投じ、自分の母校である広都大医科に超人研究の依頼をしたのです」
場内がざわつきはじめた。
前総理見たさとお祭り気分で来ていた連中もようやくお題目から外れた重大な内容に気が
付きはじめたのだ。
はるか後ろの方で浦賀刑事はまだ腕組みしたまま立っている。
「当時の医科薬研はこの超人研究の為だけに設立されたものと言っても良いものでした。
 表向きは体力向上の為の精力剤とか筋力補強剤とかを動物実験していましたが、その実
 、薬研内奥深いところでは生きた人間を使って生体実験を繰り返しながら超人製造の為
 の研究を進めていたのです」
場内でどよめきが起こる。
いきなりこんなところでこんな話をしたところで大戦批判者のたわごととしてやじられる
か一笑に臥されるのが落ちであるが、広都大に限っては昔から伝わる超人伝説、それに越
田の件があるため真剣に受け止められているのだ。
中根信広は腕組みしたまま動かない。
「生体実験の被験者は当時の満州から関東軍によって連れてこられた中国人ロシア人モン
 ゴル人達でした。 抗日ピルチザンもいれば何の罪もない人達や幼い子供、女性達もい
 ました。 彼らは資材物資のように梱包され薬研に運び込まれ、超人研究の為の生体実
 験に供されたのです。 ある者は生きながらに身体を裂かれ筋肉組織を分析されたり内
 臓やを血管を調べられたり、ある者は神経系統を調べるために生きながらに神経に電気
 を流されたり、またある者は研究途中の薬品を投与され、薬物中毒で死んでいった。
 何百人という人達がそうして殺されていったのです。 現在我々はナチスドイツのアウ
 シュビッツを史上まれに見る残虐行為と非難していますが、当広都大学において、それ
 に負けない残虐行為が行われていたのです」
中根信広はまだ動かない。
演台下で教授会の連中が慌てて騒ぎ出し演台に登ろうとしだしたが学生達がそれを阻止し
ている。
「その研究を行っていた広都大の責任者は当時の薬研所長南宗一郎教授でした。 南教授
 は生体を使い、あらゆる角度から人体を研究し、国家レベルの支援をうけ、終戦間際に
 ついに超人を作り出す事に成功したのです。 素手で鉄板を破るという人間の常識を越
 えた怪力と数メートルもの高さに飛び上がる事の出来る跳躍力、そして銃で撃たれても
 死なない鋼の肉体を持った人間を創り出した。 もし後一年戦争が続いていたなら、大
 戦の戦局は大きく変わっていたでしょう。 それほどその研究の成果は大きかったので
 す。 けど、その成果を戦地に送る間もなく、世に知らしめる事なく終戦となり、米軍
 が上陸して来ました。 南教授ら研究者は超人研究の成果を米軍に奪取されるのを恐れ
 ました。 いや、それ以上にその研究の過程、つまり残虐な生体実験を国家レベルで行
 っていた事を公にされるのを恐れた。 南教授は実験用の人間達を全て殺してしまい、
 焼却炉で骨も残らないくらいに焼き尽くし、研究者達もだた一人を残して毒殺し、同じ
 ように消却した。 その上で超人研究の研究資料、レポート、論文、その他いっさいを
 この六道記念館のどこかに隠し、自分も自らの命を絶ったのです」
ざわついていた館内が今度は水を打ったように静まり返った。
全員の注意が演台上に向けられている。
中根信広もじっと座ったままこちらを見ている。
「そして。この世にもまれな残虐な研究は闇から闇へと葬られた訳ですが、南教授が証拠
 を隠してしまう直前、この研究の一部を持ち出した人間がいました。 それはこの研究
 を発案し実行を指示した、超人研究の本当の張本人、当時の陸軍将校中根信広です」
場内に、おーーーーっ、という怒号のような声が起こった。
目の前の演壇上にその本人がいて、その前で歴史的な残虐行為が暴かれている。 国家要
人である前総理が世界的に糾弾されるべき戦争犯罪人であったと暴露されたのだかに驚き
の声が上がらないはずがない。
舞台袖から前総理の秘書やSP達が走り出た。
けれど、そんな連中がいて飛び出してくる事は計算済みだ。
僕は壇上にあるグランドピアノの所に行き、それを、かつて越田がしたように頭上にまで
振り上げた。
重さ二百キロ以上ものグランドピアノが僕の差し上げた手の上に乗っている。
場内からは先ほど以上のどよめきと悲鳴に似た叫びが渦巻いている。
浦賀刑事が人垣をかきわけて走って来た。
「動くなっ」
僕はそのまま秘書やSP達に一喝を浴びせた。
連中はその場に凍り付いた。
「それ以上近づくとこのピアノを中根元陸軍将校に投げつけるっ」
僕は向きを中根信広に向けた。
中根前総理は顔を歪ませながらも落ち着いた手でSP達を制した。
僕は連中が演台から引っ込むのを見届けた上でゆっくりとグランドピアノを下ろした。
「一時は完全に世から消えたと思われていた超人研究だが実はそれが二人の手によって
 現在にまで残されていたんです。 ひとつは陸軍将校中根信広が終戦間際に持ち出し
 たもの。 もうひとつは自殺する直前に南教授が六道記念館に隠したもの。 それら
 は戦後ずっと隠し通されてきました。 しかしひとつの落とし穴があった。 南教授
 が情けをかけて生き残したただ一人の薬研研究生、壱岐久仁氏です。 壱岐氏は終戦
 後も広都大に残り、医学部教授となりました。 そして臨床神経学研の所長となり、
 戦時中の研究を参考としながら筋力増強、体力増強の研究を続けていたのです。 こ
 の壱岐教授の研究内容、そして言動から広都大医学部には超人伝説が残るようになっ
 たのです。 これを聞き及んでマラソンのオリンピック候補だった東口選手が壱岐教
 授に筋力増幅の依頼をし、壱岐教授もそれを受けた。 結果は世界最高記録を出しな
 がもドーピング事件として東口選手は陸連を永久追放、壱岐教授は広都大を追われる
 事となりました。 じつはこの時点で現総理竹之内勝政氏と壱岐教授の接触があった
 のです。 ここで国政問題となるのですが、竹之内総理は防衛費削減を公約として掲
 げていた。 それは米国の日本に対する防衛予算抑制政策に沿ったものである訳なの
 ですが、その理由にそのまま乗った訳ではありません。 表面上は米国の言いなりに
 なっておいて、実は低予算で核兵器にも勝る戦力を持とうとしていたのです。 つま
 り竹之内総理は戦時中の中根陸軍将校と同じ事を考えたのです。 核を持つ事の出来
 な日本が世界の軍事バランスの中で優位に立つには核に代わる、そして核以上に威力
 のあるなんらかの力を持つ必要があった。 壱岐教授から得た超人研究の情報は実に
 魅力的であったに違いありません。 防衛費削減、非核三原則厳守それらを守りなが
 ら国際的な主導権を握る。 総理大臣としてはなんとしても手中に収めたいものでし
 た。 なんとしても超人研究の成果を手に入れようとしました。 そして壱岐教授か
 ら南教授の研究書類が六道記念館のどこかに隠されているという情報を得、広都大学
 長、理事会と手を組み、記念館の取り壊しを指示しました。 取り壊し工事には自分
 の息のかかった業者にさせて、その工事中に研究書類を見つけだそうとしたのです」
場内には保存派が多かったものだから、あちこちで学長や取り壊し派を罵倒する声が上
がった。
「ところが、その書類を見つけだされると困る人がいた。 中根信広氏です。 南教授
 の書類の中には研究成果が記されているばかりではなく、残虐な生体実験の内容、そ
 れを発案指示した陸軍将校の名前までも書かれていたからです。 書類が世に出ると
 前総理中根信広は政界からの失脚は免れません。 もちろん竹之内総理にしたところ
 で防衛費拡大を主張する中根前総理は目の上のコブであり、ぜひとも失脚してもらい
 たい相手でした。 書類が手に入ればまさに一石二鳥です。 ここに六道記念館をめ
 ぐる取り壊し派と保存派の国を挙げての対立となったのです。
 中根前総理は記念館の保存を決定させて書類を眠らせたままにしておこうとしました。
 保存があっさり決まっていれば良かったのですが、しかし対立は長引きました。 そ
 こで中根前総理は奥の手を出したのです。 自分が自ら持ち出した書類を元にして当
 時の研究成果を現代に蘇らせたのです。 それが越田でした。 越田は保存派のリー
 ダーである野上教授と臨検の奥村にそそのかされて裏に潜んだ残虐行為の事など何も
 知らずに、ただ記念館を保存したいがために超人となり皆を驚かせた。 これは中根
 前総理が竹之内総理に対し南レポートはもうこちらがいただいた。 記念館を取り壊
 してももう何も出てこない、というデモンストレーションでもあったのです。 これ
 が成功して竹之内総理は南レポートをあきらめ、六道記念館は無事保存される事にな
 ったのです。 ところがここで問題が起きました。 超人化した越田が事の真相を知
 ったのです。 越田は正義感溢れる男でした。 歴史的な残虐行為を知らぬ顔して許
 せる男ではなかった。 ましてそれを糊塗する手伝いをさせられていた事に気付いて
 黙ってい男ではありませんでした。 自分は騙されていたという怒りと残虐行為に対
 する非難を野上教授や奥村達保存派のリーダーにぶつけました。 たんに非難するだ
 けではなく、この事を公表するとまで言ったのでしょう。 その結果、越田はここに
 いる中根前総理を含む保存派のリーダー達に殺されてしまったのです。」
場内はまたしんと静まり返った。
誰もが僕の一言一言を聞き漏らすまいと聞き入っている。
中根前総理は落ち着いて椅子に座ったまま片頬で笑って言った。
「君が誰で何が目的なのかは知らんが、よくそこまでありもしない話を作り上げたもの
 だ。 若い人の想像力には頭が下がる。 確かに私は過去、陸軍将校ではあったが、
 そんな夢物語のような超人研究を指示した事もなければ軍としても行った事はない。
 ましてや生体実験など聞いた事もない。 超人伝説というのは戦後、敗戦の悔しさか
 ら、もしこうであったならという研究者の世迷い言が伝説という形になって残ったも
 のだろう。 南教授のレポートというものも作り事にすぎない。 私は純粋に広都大
 を愛し、この六道記念館を愛しているからこそ保存運動に乗り出したものだ。 もし
 かして君は竹之内総理のまわしもので、くだらんスキャンダルをでっちあげで私の派
 閥潰しにでも手を貸そうとしているのかね」
まったく態度にゆるぎがない。
こんな事ぐらい政治的な立場で簡単に握りつぶせると思っているのだろう。
しかし、そうはいかない。
僕は上着の中に隠していたファイルを取り出した。
「見て下さい、これが南レポートです」
古い研究用紙の束を新しいバインダーで綴じたものを中根前総理の前に突き出した。
館内からまた大きなどよめきが起こる。
「……馬鹿なっ、どうしてそんなものを。 いや、そんなものがある訳はない、偽物
 だっ!」
中根前総理は片を震わせて立ち上がった。
ファイルに手を伸ばそうとするが、触らせてやらない。
「偽物かどうかはこれからこのファイルをじっくりと調べていけば判る事です。 こ
 の中身を見てみますと、まあ、大変な事が書いてありますね。 研究内容はもとよ
 り、その実験に至るまでの経緯、研究費の出所、それに指示書を発行した組織と人
 間の名前。 ここにははっきりとあなたの名前が出ていますよ。 その他、菊村少
 佐、権田大佐、野江口中佐、宮部大佐、それに、陸軍省与井野耕吉、つまり当時の
 大臣まで入っていますね。 国が指示したものなんですよ、これは」
僕が名前を読み上げていくにつれ、中根信広の顔は蒼白になり手足が痙攣のように震
えだした。
「き、きさまあっ、そんなもの、どこでっ、いや、そんな筈はない、そんなものはあ
 る筈がないっ。 きさまは何者だっ」
僕はそのセリフを待っていた。
かつらを取り、蟻村工藝社で作ってもらったアンドロイド用の人工皮膚を顔からはぎ
取った。
僕の素顔を見て中根前総理は腰くだけになり、どすんと椅子に腰を落とした。
「僕の顔に見覚えがありますよね。 いろいろと調査もして下さっていたみたいだか
 ら。 あなたは事の真相に近づきすぎた僕達を監視していた。 これ以上近づけば
 抹殺しようというところまで決めていた。 そのたるめに関係者の電話を盗聴して
 いた。 そうとは知らない中浜は僕のところへうかつな電話をかけてきました。 
 南レポートのありかが判ったとにおわせるような電話です。 僕が中浜のところへ
 行くより早く彼を襲い、越田と同じ方法で殺し、大学史を手に入れた。 けど、あ
 なた方はあの大学史のどこに南レポートの隠されているヒントがあるか判らなかっ
 たでしょう。 謎を解きますとね、あの中の1ページに、戦前の山岳部の部員達が
 記念館の時計塔にロープをかけてロッククライミングの練習をしている写真があり
 ました。 僕は最初その写真を見て、南教授の趣味が山登りならこの時計塔に隠し
 たのではないかと推察しました。 そしてその写真の中に南教授が小さく写ってい
 たのです。 それを見つけた中浜が僕に、面白いものを見つけた、と電話してきた
 のです。 でもその写真だけではまだ隠し場所は判りません。 ふとその下を見る
 とその写真は朝陽新聞社の写真部が撮影したと書かれてありました。 写真という
 のは1枚だけのものではなくフィネムで撮ったものなら、使用された一枚の前後、
 連番があるはずです。 僕は友人の父で朝陽新聞社の社会部編集局長をしている方
 に協力を仰ぎました。 そして古いその連番を捜し出してもらいました。 思った
 通り、大学史に載った写真の続きに、南教授が時計塔外壁のひさしに身体半分突っ
 込んでいるものを見つけたのです。 壱岐教授の証言から南教授は短時間で隠した
 のだからよほど普段からよく行きよく判っている場所、そしてそれは他人がよほど
 の事でもないかぎり近寄る事も出来ない場所に隠したのだと思っていました。 時
 計塔の外壁のひさしの中などはうってつけですね。 ロープでぶら下がって行かな
 い限り近づく事も出来ないのですから。 僕は山岳部の友人に頼んで時計塔に登っ
 てもらい、推察した通りにこれを発見したのです」
「嘘だっ、そんな話は信用出来ないっ。 そんなものは偽物だっ」
中根前総理は顔をどす黒く変色させて怒鳴った。
身体はぶるぶる震えているが立ち上がれない。
「あなたには権力があって国政レベルで人を動かす事が出来ます。 僕や越田や中浜
 なんてのはあんたから見れば虫けらみたいなものだったんでしょうね。 警察をも
 動かして僕達の口を封じようとした。 僕も一時は国を相手にしてとても太刀打ち
 出来ないと弱気になりました。 けど僕には仲間がいて、そのおかげで逆転の南レ
 ポートを見つけました。 これであなたを失脚させる事が出来そうです。 このレ
 ポートのコピーは今頃竹之内総理と各新聞社に届けられています。 あなたと野上
 教授、奥村達が越田と中浜を直接殺したという証拠はありません。 けどこれであ
 なたは失脚し、警察ももうあなたに操られる事はない。 反対に現総理の厳命であ
 なた方の犯罪を立証する事でしょう。 僕の隠遁生活もこれで終わりです」
僕は南レポートを懐に収め、腰砕けになっている中根信広と演台下で硬直している野
上教授、奥村達、それし目を伏せたまま立ちすくんでいる浦賀刑事を横目に見て堂々
と六道記念館を出た。



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憂想堂
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