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〈2〉



その日から広都大学では越田の話で持ちきりになった。目撃していた者たちはあまり
の事に興奮動転して誇大に話したし、その場にいなかった者は信じないまでもSF的
な興味を持ってまことしやかに聞いている。
グランドピアノの下敷きになったふたりが重傷重体で病院に運ばれてものだから警察
が入ってきて、障害事件として捜査を始めた。
そしてそれが進に連れて越田の行動の異常さが公式に発表され、大学内の驚きは数倍
に高まる事となる。

「ね、御堂」
「なんだよ」
「御堂は越田君と高校同じだったじゃない?」
「ああ」
「やっぱり力持ちだった?」
僕と同じ国文の山崎宣子が、こんな面白い話しはとことん聞き込まなければもったいな
いという興味津々の顔で掴まえに来た。
「いや、それがよく判らないんだ。 運動クラブに入ってた訳じゃないし、運動神経も
 良さそうじゃないし、第一からだがあれだろ。 とてもあんな怪力の持ち主には見え
 なかったけど。 でも、僕の知らないところで格技の同乗かジムにでも通ってたのか
 もしれないし」
「仲良かったんじゃないの?」
「大学に入ってからね。 高校ん時はクラスが違ったからよく判らないな」
僕と宣子は一緒に学食に入り、同じメニューを注文した。
「でも、惜しかったな。 私もあの集会に出れば良かった。 保存派の人から誘われて
 たんだけど」
「彼氏とのデートがあったから行かなかった?」
「彼女とのデートがあっから行けなかった」
「ふーーん」
「御堂はその場で見てたんでしょ?」
宣子はいつも僕の名前を御堂と呼び捨てにする。
他の男の名前を呼ぶ時には“君”や“さん”を付けるのに僕にだけは付けない。
こいつはいったい何を考えて人の名前を呼んでるんだといつも不思議に思う。
「ああ、リングサイドで見てた」
「迫力あった?」
「背筋がぞっとするほどあった」
「ピアノ持ち上げたんでしょ」
「グランドピアノだぜ」
「そんな事、人間に出来るもん?」
「常識的に考えると不可能なんだけど、でも、現実に持ち上げた」
「本当にひとりで?」
「間違い無し。 大勢の人間が見てるし」
「じゃやっぱり出来るんだ」
「現実に起こった事を否定する訳じゃないけど、越田の体重は60キロくらいだろ、重
 量挙げの日本記録っていくらぐらいか知ってる?」
「200キロくらい?」
「いや、調べたんだけど、60キロ級の日本記録は157.50キロだぜ。 その事から考え
 ると体重60キロの人間がどう見ても200キロ以上あるグランドピアノ頭上にまで持ち
 上げられる訳がない。 不可能なんだよ。 しかも、それだけじゃなくて、その状態
 で数メートル歩いて、おまけにそいつを3メートルほども投げ飛ばしている。 いく
 ら考えても人間に出来る事じゃないよ、あれは」
「越田君は人間じゃないの?」
「ああ、あれは人間じゃなかった、化け物だよ。 もしくはロボットかサイボーグ。
 はたまた遠い星から来た宇宙人かスーパーマン。 とにかく人間の限界を超えてた
 な、あれは」
今思い出してもぞっとするが、反面、SF映画を見ている時のような興味本位の興奮
もあった。
「ふーーん、そうだとしたら、越田君は宇宙人の可能性もある訳?」
「無いとは言えないけど、そこまで考えるのは飛躍のしすぎだね。 僕の考えでは越
 田は生まれついての特異体質の持ち主だったと見る」
「生まれつき力が強かったって事?」
「いや、そうじゃなくて、もっと根本的なに筋肉組織や細胞の作りそのものが普通の
 人間とは違っていたとかさ、でないとあのピアノを持ち上げるだけの筋肉が付いて
 いるならプロレスラーや相撲取りみたいになってしまうからね。 越田の体格では
 無理だね。 一般的な人間の筋肉と量は同じでも質が違うと考えないと納得出来な
 いよ。 ディーゼルエンジンとガソリンエンジンの違いくらいにさ」
「エンジンの事はよく判らないけど、でも、それじゃ越田君はその事を今まだずっと
 隠してきた訳?」
「親がさ、自分の子供の異常に気付いて、小さい頃からその力をけっして人前に出す
 んじゃないと言い聞かせていた」
「それがあの集会で取り壊し派の攻撃をうけて爆発したって事?」
「そう」
まさにあの時の越田は怒っていた。
取り壊し派のの暴力による集会妨害には中立の立場で見ていた僕でも腹が立ったぐ
いだ。 妨害される当事者としては我慢の出来ない状態だっただろうと思う。
「あると信じないとあれは説明出来ないよ」
「ね、御堂、医学部に友達いる?」
「いるけど」
「その人に聞いてみたら? そんな特異体質って考えられるかって」
「そうだな。 やつもこの事は聞いてるだろうし、医者の卵として興味持ってるか
も知れないし。 今度聞いとくよ」
「今から聞きに行こうよ」
「昼から授業あるんだぜ。 そいつも授業あるかもしれないし」
「そっか、じゃその後で」
「予定がなきゃね」
「今の時点では無いんでしょ」
「………うん」
「じゃ授業後の時間は私がキープ。 いいね」
勝手にスケジュールを決められてしまった。
今までそんなに親しくつき合った事の無かった宣子だけど、なんだか随分昔からつ
き合っている恋人のようなペースで僕は飲まれてしまっている。
もっとも、悪い気はしない。
僕がこの大学に入ってすぐに寝に止まったのは宣子だったし、女々しくない、物事
をはっきりと言う性格も好きだった。
だが、宣子は高校時代からつき合っているという男と一緒に広都大を受験し、一緒
に合格して入ってきたと言うものだから、僕としては他人の彼女に手を出そうとい
う気も起こらず、一般的な友達以上のつきあいはしていなかった。
それが友達から一歩進んだようなような感じで僕をつき合わせようとしているのだ
から、少しばかり心は浮いた。
もちろん、授業後はつき合うつもりだ。
「もう食べないの?」
宣子の顔に見入っていて豚カツの最後の一切れを食べ残してしまうところだった。
「え? ああ、食べるって」
なんだか目線を見透かされたみたいで恥ずかしかったけど、急いで残りを平らげた。
満腹にはなっていないけれど、お腹は落ち着いた。
「コーヒー飲まない?」
僕はいつも食後にはコーヒーをたしなむ事にしている。
「うーーん、でも、授業まであと30分あるし、六道記念館に行ってみない?」
「今から?」
僕はコーヒーが飲みたい。
「まだピアノなんかそのまま残っているんじゅないかな。 見てみたいし、行こっ」
宣子は渋っている僕の手を取ってさっさと立ち上がった。
食器を洗い場に返した後もそのまま手を引っ張っていかれた。
なんだか手をつないで歩いているみたいで恥ずかしくなる。
ほんとに良いのかなという思いで僕はついて歩いた。


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憂想堂
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